はじめに
皆さん、「3ラウンド・システム」という言葉をご存じでしょうか。一昨年、(株)語研から出版された学習書『英会話3STEPリスニング』でも使われ、高い効果が繰り返し実証されているリスニング力養成のための指導理論です。この学習書は初版発行後3ヶ月足らずで重版されるというご好評をいただきました。また、この理論は、株式会社アルクの通信教育講座、ヒアリングマラソン・シリーズ、それにメディア教育開発センターや千葉大学・文京学院大学で開発されたCALL教材「Listen to Me!」シリーズなどでも全面的に採り入れられています。そこで今回は、この3ラウンド・システムの理論に基づき、「VOA(Voice of America)ニュース」の聞き方を効果的に学べるテキストを出版することとなりました。それも、同時多発テロ以降、目まぐるしく変化している海外の最新ニュースのうち、語研編集部と著者が選りすぐった素材で学ぶという画期的なものです。
「英語国から発信されるニュースを英語のまま聞く」ということには、4つの点で重要な意味があります。それは、翻訳して伝えられるニュースには以下のような問題があり得るからです。
1.誤訳の可能性がある
ニュース放送でそんなことはあり得ないと思うかもしれませんが、英語ニュースが日本語で放送されるときに「誤訳」がないという保証はありません。
2.事実が公平に、かつ客観的に報道されていない可能性がある
理想的には、ニュースはいかなる場合でも公平かつ客観的に、そして事実をありのままに報道すべきものです。しかし、政治的な思惑、国内事情などにより内容が微妙に変えられてしまっていることもあり得ます。
3.情報が隠蔽されている可能性がある
たとえ重要なニュースであっても、それが国外では報道されないこともあり得ます。したがって、自分たちとは異なる立場の人や第三者の言い分を国際語で聞いて知っておくことはとても有用なのです。
4.微妙なニュアンスは翻訳できないことが多い
キャスターの雰囲気や引用された発言での言い方、抑揚などは翻訳では表現しきれません。したがって、伝えるべき情報の重要な部分が欠落してしまうことが起こり得ます。
ですから、英語国から発信されるニュースを直接英語のまま聞いて理解するということは不可欠な情報収集の手段と言ってもよいのです。
ところで、ニュースの英語は、普通の英会話の聞き取りとどう違うのでしょうか。コミュニケーション科学の見地から言えば、前者は不特定多数の人に対する一方的な情報の伝播、伝達を目的としたものであり、後者は主に個人的に面と向かって双方向の対話をするといった違いがあります。さらに言えば、ニュースは準備された原稿に従って、視聴者が聞き取りやすいように注意深く発音されるフォーマルなスピーチと言えます。一方、会話は話の流れの中で即興で対応するので、文法、語彙や言い回しの選択、また、発音の面でも不正確になることが多く、カジュアルでくだけた言い方が多くなります。スラングが多用されるのも会話の特徴と言えるでしょう。
このように見ると、ニュースの聞き取りのほうが会話よりもやさしいと思われるかもしれません。しかし、それは間違いで、準備された原稿があるために発話単位は長く、文法構造は複雑になり、また固有名詞が多用されるので、聞きやすいと言えるほど簡単ではないのです。また、現場の声や専門家の意見を電話などで引用しながら報道することも多いので、対話の英語のような、いろいろな面で崩れた発話も聞けなくては、本当のニュースの聞き取りはできないことになります。したがって、ニュースの聞き取り学習は広範囲な勉強が必要になると言えます。
このように、けっしてやさしいとは言えないニュース英語の勉強ですが、そのハードルをできるだけ低くすることが本書の目的です。そのための解決策は2つ用意してあります。まず、ニュースはできるだけ迅速、正確に情報を伝えるために「5W1H」の疑問に答える形で構成されています。このため、本書には学習の段階を踏むことによって「5W1H」の枠で聞き取る習慣が容易に身につくような学習作業(タスク)を用意してあります。本書による学習で、「だれが(who)、いつ(when)、どこで(where)、何を(what)、なぜ(why)、どのように(how)」という要素の枠組を頭の中に作ってニュースを聞くことができるようになれば、頭に入りやすく、しかも混乱せずに記憶することが容易になります。
もうひとつの策は、ニュースの聞き取りに限らず、英語の聞き取り一般に関わる「基礎的技術」を効果的に習得できるように、本書の監修者が独自に開発した3ラウンド・システムの理論に基づいた勉強法で学べるように構成したことです。この理論については「『3ラウンド・システム』はなぜ学習効果が高いか」(pp.10-13)に解説されているので、学習前に参照してください。
多くの皆さんが本書での学習で、世界の情報をいち早く正確にキャッチできるようになり、それを世界情勢の正確な把握、専門分野の学習、また仕事の現状分析、業績の向上に繋げてくださる日の近いことを祈ってペンを置きます。
最後に、本書の制作を企画され、その実現を私どもに要請してくださり、親切な助言と丁寧な編集をしてくださった(株)語研の奥村民夫氏には深く感謝の意を表します。
千葉県生まれ。2014年没。米国オハイオ州立大学大学院終了、Ph.D.(音声言語学)。文京学院大学教授、千葉大学名誉教授。元ハワイ大学 Associate Professor、元オハイオ州立大学 Associate Professor。
主な著書に、『日本人英語の科学』『ヒアリングの行動科学』『ヒアリングの指導システム』(以上、研究社)、『英語基本語彙の使い方辞典』(語研)などがある。
指導効率の高さが多くの大学で繰り返し実証されている「3ラウンド・システム」の開発者で、その内容は『英語教育の科学』(アルク)に詳述されている。
米国オハイオ州生まれ。青山学院大学文学部英米文学科卒業。千葉大学大学院教育学研究科修士課程修了。千葉大学大学院自然科学研究科博士後期課程修了、学術博士。現在、千葉大学高等教育研究機構准教授。
主な研究論文に「大学英語教育における複合システムの実践の研究」,『言語行動の研究』第7号増刊号(千葉大学)がある。
教材の製作関連では、文部省大学共同利用機関メディア教育開発センター企画・製作の「Listen to Me! シリーズ」、College Lectures, People Talk, TV-News, Movie Time 1, Movie Time 2(上級:Vol.1~Vol.4-2)、それに平成12年度~14年度文部科学省科学研究費によるCD-ROM教材、First Listening(初級)、Introduction to College Life(初中級)、College Life(中上級)の制作にも参画している。
Sandra McGoldrick Leishman is currently the English voice and co-creator of NHK's Litening Nyumon. She has contributed to many successful CALL materials including the Listen to Me! series: TV-News, Movie Time 1 & Movie Time 2. When lecturing at Chiba University, she specialized in ESL writing curricula. Currently the coordinator of an intensive English language program at Bunka University, her professional interests include materials development, curriculum design and written discourse. A graduate of Queen's University, Canada, she has been active in the TEFL field in Japan since 1988.
山梨県生まれ。千葉大学教育学部英語科卒業。千葉大学大学院教育学研究科修士課程修了。現在、木更津工業高等専門学校専任講師。