~ 「はじめに」より抜粋
ドイツ語の語彙力や文法力をつけたいという語学的向上心と,メルヒェンの成り立ちや背景に触れながら歴史や文化を学びたいという知的探求心の両方を満たすべく,①ドイツ語原文テクストと,それを読むのに必要な②語彙パート,知って得する③雑学パートを見開き頁に配しました。和訳テクストは存在しませんが,①②③を照らし合わせながら読み進めると,自分自身で翻訳することができます。
~ 「語彙パートの特徴」より抜粋
グリム童話の原典には,今となっては古めかしい言い回しや方言,今のドイツ語とは異なるつづりの単語が頻出します。本書ではそのあたりも詳しく解説し,「ドイツ語新正書法」改訂との関連で,「現在では分離動詞としても用いられる」といった説明や,giengは「現在ではgingとつづる」,todtは「現在ではtotとつづる」といった現代ドイツ語との違いに逐一触れました。
【収録作品】
カエルの王様あるいは鉄のハインリヒ / オオカミと七匹の子ヤギ / ラプンツェル / ヘンゼルとグレーテル / 灰かぶり / イバラ姫 / 白雪姫
※ためし読みの色は実際の書籍とは異なります。
はじめに
不思議なファンタジー世界を描いたDiesny アニメーション『白雪姫』(1937 年)や『塔の上のラプンツェル』(2010 年)の原作はグリム童話です。一方,桐生操『本当は恐ろしいグリム童話』(1998/99 年)で再考察の対象となり,Sound Horison『Märchen』(2010 年)のイメージソースとして着目されたのもグリム童話です。夢のようなキラキラした側面と残酷でグロテスクな側面。この相反する世界観を併せ持つのがグリム童話の物語世界なのです。もしかして子どもの頃読んだ絵本の中にも,ワクワクしながら主人公に感情移入していた話があったのではないでしょうか。そんな物語の本当の姿を見てみたい,できれば原文ドイツ語で読んでみたいと思う方々のために,教科書と単語帳と雑学本のハイブリット形式で編まれたのが,本書『原書で読む「グリム童話」その語彙と背景』です。
ドイツ語の語彙力や文法力をつけたいという語学的向上心と,メルヒェンの成り立ちや背景に触れながら歴史や文化を学びたいという知的探求心の両方を満たすべく,①ドイツ語原文テクストと,それを読むのに必要な② 語彙パート,知って得する③ 雑学パートを見開き頁に配しました。和訳テクストは存在しませんが,①②③を照らし合わせながら読み進めると,自分自身で翻訳することができます。完璧な翻訳でなくとも,なんとなくの理解でもいいのです。その体験を繰り返すことで,語学力と文化理解力が少しずつついていくはずです。
テクスト配分上,③の「雑学メモ」を割愛せざるを得なかった頁もありますが,その分,②を補う「文法メモ」や③を補う「コラム」を適宜配しました。クラシックな挿絵と共にお楽しみいただければ幸いです。
さて,『グリム童話』の本当の名前は,『子どもと家庭のメルヒェン集』(Kinder- und Hausmärchen,略称KHM)。ヤーコプ・グリム(Jacob Grimm,1785-1863)とヴィルヘルム・グリム(Wilhelm Grimm,1786-1859)というグリム兄弟が,ドイツに古くから伝わる伝承を収集刊行したものです。ですから,創作文学ではなく伝承文学ということになります。二人は,文学,言語学,法学,歴史学,民俗学等の研究をてがけた学者であり大学教授。彼らの諸研究の根本理念は,「いにしえのもの」と「ドイツ的なもの」の追求にあり,伝承文学の収集,修復,保存もその一環だったのです。ドイツで最大の語彙数を誇る『グリムのドイツ語辞典』(Deutsches Wörterbuch von Jacob und Wilhelm Grimm)の編纂者という言語学者の側面は,日本ではあまり知られてはいません(存命中に完成したのはF の途中まで)。
そんな学者兄弟が編んだ『子どもと家庭のメルヒェン集』は,1812年に第一巻初版,1815年に第二巻初版が出版され,存命中に第七版(1857年)まで版を重ねました(8頁参照)。その第七版には,「メルヒェン」Märchenというジャンルで200話,「子どものための聖人伝」Kinderlegendenとして10話,合計210話が収録されています。ただし,151番を一種の重複と見なし,本当は201話と言うべきではないかという研究者もいるようです。
そもそも,民の素朴な宝としての伝承を文字にして保存することが目的だったのですから,『子どもと家庭のメルヒェン集』に挿絵が一枚もなかったというのもうなずけます。ところが,オランダ語訳(1820年)や英訳(1823年)の挿絵付き出版に着想を得たグリム兄弟は,1825年,自分たちで選んだ50話を「小さな版」として,7枚の挿絵付きで出版しました。その挿絵を担当したのが,グリム兄弟の末弟ルートヴィヒ・エミール・グリム(Ludwig Emil Grimm,1790-1863)でした。
本書では,グリム兄弟が選んだ上記50話の中から,日本でもよく知られているKHM1「カエルの王様,あるいは鉄のハインリヒ」,KHM5「オオカミと七匹の子ヤギ」,KHM15「ヘンゼルとグレーテル」,KHM21「灰かぶり(シンデレラ)」,KHM50 「イバラ姫(眠れる森の美女)」,KHM53 「白雪姫」の6話をまず選びました。実はこの50話に含まれていなかったKHM12 「ラプンツェル」も,昨今の注目度ゆえあえて含め,全部で7話仕立てとしました。この話をグリム兄弟がなぜ選ばなかったのか,各話の経緯や雑学メモを照らし合わせて考察してみて下さい。何かがきっと浮かび上がってくると思います。ただし,本書の原文テクストは,上記第七版(通称「決定版」)に依拠します。実際のところ第七版は,フラクトゥーアという古い活字体なのですが,全体をラテン文字化しました。さらに引用符のみ現代ドイツ語仕様に改変し,明らかな誤字脱字のみ訂正しました。とはいえ,19世紀のドイツ語の古いつづり方や表記の揺らぎなどは,あえてそのままにしました。
では,本当のグリムの世界へと我々がご案内いたします。ドイツ語とドイツ文化を学びながら,お楽しみいただければ幸いです。
本書の紙面構成と凡例6
語彙パートの特徴7
『グリム童話』の改訂過程と収録話数8
図版出典一覧188
主要著書:『黒い森のグリム―ドイツ的なフォークロア』(郁文堂,2008年),編著『カラー図説 グリムへの扉』(勉誠出版, 2015年),監修書『いっしょに楽しむ おはなしのえほん』シリーズ(高橋書店,2021-24年).
主要著書:『「青年の国」ドイツとトーマス・マン』(九州大学出版会,2005 年),『賦霊の自然哲学―フェヒナー,ヘッケル,ドリーシュ』(九州大学出版会,2020年),『アポロン独和辞典 第4版』(共編著,同学社, 2022年).